2018年05月21日

効率化によって生み出されたものは「時間」

 A社は長く続くデフレに対応して、その財務体質を筋肉質にしてスリム化していかざるを得ませんでした。
 さまざまなコスト削減はもちろんのこと、資産として抱えていた不動産を売却したり、事業縮小をしたりといった具合です。
 また、スリム化のなかには「仕事を進めるうえでのムダ」、つまり業務効率を上げるための諸施策も含まれているのです。
 このように全社員挙げての対抗策も、国内消費の低迷とメーカー側のさらなるコストダウン要求による影響は避けがたく、肝心の受注数は伸び悩む一方でした。
 手をこまねいてばかりいたわけではありません。新しい分野への営業活動はもちろん、海外拠点の設置や新規事業への参入も検討はされました。
 しかしながら、今の受注状況では現状を維持するのが精一杯であり、決定的な打開策を見出すには厳しい状況でした。

 そんな手詰まり感がある中、隔週1回の会議でのことです。
 ベテラン社員のGさんから発言がありました。
 ルーティンワークの中で何か見落としているものがあるかもしれません。売上が伸びてない以上、利益を確保するために再度コストを見直してみてはどうでしょうか」
 「もう散々やってきたじゃないか」とH社長は即座に返しました。
 しかしGさんは「本当にそうでしょうか。 確かに業務フローの「見える化」によってある程度は効率化できたとは思います。でも、自分で自分のことをチェックしても客観性に乏しいと思うんです」と引き下がりませんでした。
 A社では業務効率化のためにフローの見直しを定期的に行っていました。しかし、あくまで自分の業務分野においてのみのチェックであったため、客観性に乏しいというのはもっともな指摘ではあります。
 会議では、このまま何も手を打たないよりも、まずはできることから着手してみようということになりました。
 採られた方法は、製造部門の従業員が事務部門の業務を、事務部門の従業員が製造部門の業務を終日観察しチェックすることで客観性を持たせようというものです。


 結果、事務部門では「回覧すべき書類の滞留がある」という問題が指摘されました。
 部品の発注書やメーカーへの納品書・請求書、また社内の各種届出など、回覧・決裁されるべき書類は多数存在します。
 その日中に決裁を受けなければならないものは、適宜回覧されて決裁されていくのですが、そうでないものは他の業務の後回しになってデスクの上に滞留していたのです。
 これでは、滞留していた書類が一気に動き出した時に、その最終決裁者や処理する担当者のところにイレギュラーな負荷が発生してしまいますし、現にそうなっていたようです。
 
 生産ライン部門では以下の問題が指摘されました。すなわち、ある従業員の担当工程において、一続きの作業であるにもかかわらず、間に部品を取るために後ろを振り向く動作がある、というものです。
 一続きの作業のなかで、明らかに異質な動作がそこに入り込むことは、1回ごとのタイムロスは少ないとしても、1年間というロングスパンで考えると膨大な時間になってしまいます。
 事務部門の書類滞留もそうですが、作業者自身はルーティンワークに追われてしまい、なかなか気付きづらい些細な行動が、実は知らないうちに大きなロスを生んでしまっていたようです。
 思わぬところに見落としを発見し、さっそく対応しました。
 事務部門では、それまではある程度書類が溜まってきてから内容をチェックして回覧・決裁してきたものを、1時間おきに必ず書類をチェックして回すように変更しました。
 また、生産ライン部門においては、ラインのレイアウトの再検討がなされ、振り向かなくても部品が取れる位置に部品置き場を変更しました。

 一連の見直し作業を通して、A社ではこれまで見逃していたムダを省くことに成功しました。確かにA社の体質は強化されはしましたが、ここである思いがH社長の脳裏をよぎったのです。
 「今回の効率化は何を目的にしていたのか」ということです。
 それは、将来さらに受注量が減ってしまう事態に備えるためでしょうか。その意味合いもあるかもしれません。
 では、今回の効率化で吸収できないほど受注が減ったら。 またリストラで対応するなら、これまでと何一つ変わりません。
 そこでH社長は「結果」に着目してみたそうです。効率化によって生み出されたものは「時間」であることは明確でした。ここに至って「目的」もはっきり見えました。それは
「創造した時間」をどう使うかということだったのです。
 「なくて七癖」と言いますから、業務プロセス改善のために第三者の視点を導入するのは効果的です。

 改善に終わりはないという態度で取り組めば、きっと何かが見えてくるはずです。ただ、気をつけたいのは、効率化のための効率化にしないことではないでしょうか。
 業務の効率化というのは、即利益につながるものではありません。しかし、お金で買うことのできない「時間」を手に入れることができます。ですから問題は、その時間を何に充てるかという目的意識をもつことなのではないでしょうか。
  


Posted by akroum at 17:24Comments(0)経営

2018年04月24日

自分の殻は自分でしか破れない

 社員の成長なくして、会社の成長はあり得ません。「人が企業の最も大きな財産」と言われる所以はここにあると思います。
 社員の成長は一朝一夕にはいきません。それを成し遂げるため、上司はいろいろと苦労しているわけです。

 A社は社内研修の開発から実施まで一連の流れを一貫して請け負う会社です。これまでは顧客ごとにニーズの把握を徹底し、各社に最適の研修を提供してきました。
 この姿勢が評価され、また効果も上がっていたため、着実に売上を伸ばしてきたようです。しかし、事後のアンケート調査によると、「もっと一般化されたものでいいから、料金の安い研修コースも用意してほしい」との声が最近多くなってきたのです。
 そこでA社では、研修テーマをパターン化して、会社ごとに微調整するやり方を検討することにしたのです。これまでのものが顧客の体に寸分の狂いもない一着ごとのオーダーメイドだとしたら、これはパターンオーダーと言えるものです。

 この研修の開発のプロジェクトリーダーにBさんが抜擢されました。
 その指示を受けたBさんは正直戸惑ってしまったそうです。期待されるのは率直に嬉しかったのですが、果たして自分にその大役が果たせるだろうかと、同時に不安が込み上げてきたのです。
 実際の反応も、果たしてその通りでした。それでもA社長はこの仕事をBさんに任せようと決めていたそうです。なぜなら、いまのBさんにはこの仕事が必要だからということに他なりません。
 Bさんの仕事ぶりは最初こそ危なっかしいものだったようです。しかし、日が経つにつれて、その姿は安心して見ていられるものに変わっていきました。
 個々のスタッフの適性を把握し、適材適所に仕事を割り振っています。チームの連絡も行き届いているようですし、プロジェクトのミッションをみんなが十分に共有していることが傍からも分かります。
 「背伸びが必要な仕事」に自分の身の丈が追いついてきたということなのでしょう。

 そうして、3カ月の月日を費やして完成したプログラムはA社長の満足のいくものでした。そして、A社長にとっては、それ以上にBさんの成長ぶりが満足のいくものだったといいます。
 A社長はこれまで、自身も「自分の身の丈を超えた仕事」に何度も直面してきました。
 資金面でも、顧客からの要求の高さでも、はるかに自分のキャパシティを超えていると思われる場面が何度もあったそうです。
 今度ばかりは無理か、と一瞬は思うのですが、そのたびに必死に立ち向かったのです。すると、何とかなるものです。そして、何とかなってみると、自分が一回り大きくなっていることを実感するのです。
 A社長は、どこまでも成長は自分でするものだと考えています。周りの者ができるのは、その環境やきっかけを与えてあげることだけだそうです。だからそうした環境やきっかけを与えることも、経営者の仕事だと考えているのです。

 「自分の殻を破る」経験を早いうちに一度済ませている人も少なくないはずです。一方で、そうした経験をしないまま社会人になっている人も存在することは間違いありません。いわゆる「ゆとり世代」では、そうした傾向が強いのかもしれません。
 ですから、A社長が言う「部下が育つ環境ときっかけを作るのも経営者の仕事」というのも、かってよりも比重が高くなっていると考えることもできます。
 そして、「自分の殻を破る」というのは、一度きりの行為ではないことに留意しなければなりません。

 A社長が何度もそうした場面に遭遇し、そのたびに乗り越え、成長を遂げてきたように、幾度となくそうした環境は訪れるものです。
 しかし経営者の立場から部下の成長を願うならば、環境が訪れるのを待つだけでなく、環境やきっかけをあえて作ることも考えるべきでしょう。
 その具体的なやり方というのが、A社長が実践した背伸びが必要な仕事で部下を追い込むということなのだと思います。

 なぜ背伸びが必要なのかと言えば、背伸びしなくてもいい場所というのは、その人にとってのいわば「ぬるま湯」です。
 ここを抜け出ることで成長があります。ただ、最も大事なのは、自分の殻は自分でしか破れないことです。だから経営者の仕事とは、環境ときっかけを与えることなのです。
   


Posted by akroum at 09:57Comments(0)人事・労務

2018年03月22日

‘採用' 自社の魅力を伝えきれていないのでは

 A社はコンスタントに売上を上げていましたから、経営自体は順調といっていい水準にありました。しかし、A社長には年間を通していつも一つの悩みが頭の片隅にあったそうです。それは、新卒の採用が思うようにいかないということでした。
 A社は機械メーカーですから、主な採用枠は開発設計職となります。募集する新卒者に求める能力がかなり限定される上、地方の中小企業ということが採用活動に不利に働くようで、6名の採用予定が、2~3名を確保するのがせいぜいという状況が続いていました。
 
A社が採用活動をどのように行っていたかというと、まず学生向けの「就職支援サイト」に紹介文の掲載を始めるのが最初です。
 同時に就職サイトに登録した学生に対し、A社に興味をもってもらうことを目的とした「メールDM」を送信する作業が続きます。
 そして、メールを返信してきた学生に対して、会社説明会を開催し、最終的にエントリーしてきた学生と面接を行い、通過した学生に内定を出すという流れです。
 一般的な採用活動の手順を踏んではいますが、それで結局、入社してくるのは2~3名という結果だったわけです。

 そうした状況を憂いつつ、商談のために訪れた会社からの帰り際、受付に置いてあった会社案内がA社長の目に留まり、何気なくそれを手に取ったそうです。
 帰りの車中、パラパラと冊子をめくっていくにつれてA社長の表情が徐々にこわばって
いきます。
 最初のページは社長のあいさつ。そこには「多様化するマーケットをリードする……」とどこかで聞いたような、それでいて何も伝わってこないメッセージが付されています。
 次のページをめくってみると、宇宙空間をイメージした写真を背景にして、組織図が描かれています。その後は、これまでに成し遂げてきた会社の業績が商品と一緒に延々と羅列されているといった具合です。
 何の気なしに手に取った会社案内ではありましたが、これをめくり終えると、A社長は呆気に取られたそうです。というのも、やっていることは違う会社なのに、A社の会社案内と基本的なつくりがまるっきり一緒だったからです。

 地方の中小企業、限定された採用条件、こんなことを新卒獲得が思うようにいかない理由と考えていましたが、「自社らしさがちっとも学生に伝わっていないのが本当の原因だったのではないか」とA社長が考えるようになったのは、このことがきっかけでした。
 また、就職サイトに掲載しているA社の紹介文も会社案内がベースになっていましたから、その効果は限定的であっただろうとの思いも日増しに強くなっていきます。
 そこでA社長は次からは、「本当のA社らしさをアピール」することを主眼に置いてやってみようと決心したというのです。

 それでA社長が正面から取り組まざるを得なかったのは、本当のA社らしさとは何なのか、という問いに答えることでした。これはA社長にとって、原点に返ることでもあったわけです。
「なぜ自分はこの仕事を始めたのか」「モノづくりを通して人の役に立ちたいからだ」「そのためにどんな人材が欲しいのか」「一緒にこだわりをもってモノづくりをしてくれる人だ」

 
このように考えると、これまでは曖昧に「良い人材」を求めていたことに気づいたといいます。求める人材像が曖昧だっただけに、アピールポイントも曖昧な万人受けするものになっていたのでしょう。結果、それは誰の心にも届いていなかったのです。

 そうしてA社長が最初に取り組んだのは、会社案内のパンフレットを一新することでした。いちばん大きな変更点は、これまでのような成功業績の羅列をやめて、逆に製品開発の失敗事例を社員の目線から語った構成にしたという点でした。
 すなわち、ある製品を開発する過程でどのような失敗があったのか、そのときに社員はどのように考えどう行動したのか、そして社員はそうした体験を通じてどのような教訓を得て、次の仕事につなげていったのか、ということが社員自身の言葉で語られたわけです。
 もちろん、就職サイトへの掲載の仕方もこうした方針に沿って変更されました。失敗を含めてのモノづくりの楽しさ、そして苦労してつくった製品に対して顧客から感謝の言葉をもらったときの何物にも代えられない気持ちへの言及です。

 さらに、会社説明会も本社でやることにしました。交通費を負担して交通の便の悪い場所まで来てもらうのは、やはりA社のモノづくりの現場を実際に見てもらいたいからでした。
 他人から見たらどうでもいいようなことに、こだわりをもってああでもないこうでもないと真剣に議論している社員の姿がA社長には頼もしかったし、そうした姿に共感してくれる人に入社してほしいとA社長は思ったのです。

 また、会社説明会についても、これまでとはやり方を変えてみたそうです。長々と話していた会社概要を大幅にカットして、製造現場の人間が自分で用意した原稿で、モノづくりの楽しさ、「職人」としてのプライドを訴える形式にしたのです。確かにそれはつたないいスピーチであったかも知れませんが、自社らしさは十分に伝わったというのがA社長の実感でした。
 このような一連の改革を通して、A社の採用は5人を確保することができたそうです。
 新たな人材をほぼ採用予定に近い人数を獲得できたことは喜ばしく、その結果に満足していたのですが、同時にA社長にとって意義深かったのは、「そもそも私はなぜこの仕事をしているのか。そしてどんな活動を通して対価を得ているのか」と問い直す場所に立ち戻れたことだそうです。そのことで、採用を考えることは、会社の根本を振り返りながら、将来を考えるに等しいとA社長は考えるようになったといいます。

 そう認識すると、これまで採用にかかるお金は「コスト」であるとどこかで思っていたのが、はっきりと「投資」と位置づけられるようになったともA社長は言います。

 今後も厳しい採用状況が見込まれる中、採用活動をするにあたって具体的に一度「自社らしさ」を見つめ直してみてはいかがでしょうか。

  


Posted by akroum at 12:31Comments(0)採用サポート

2018年02月22日

時間の使い方と学ぶ姿勢の習慣化

 仕事においてのみならず、人生においても時間の使い方は重要です。時間は限られているからに他なりませんし、時間の使い方によって人の日常は大きく変化するからです。
 では、一般的なビジネスマンはプライベートの時間をどのように使っているのでしょうか。
 ここで、あえて問題にしたいのは、プライベートの時間の使い方のうち、「学び」に費やされた時間はどれほどあったかということです。
 ネットで調べてみるとスマホやネット、メール、テレビが大きな時間を占めているという調査結果が出ているようです。
 「一生勉強」という言葉はよく聞きますが、本当に実践することは難しいものです。


 A社は雑貨のセレクトショップを経営する会社です。それほど大きな店舗を構えているわけではありません。しかし、A社長の熱心な経営姿勢のおかげで売上は順調なようです。
 まだ創業して3年に満たないのですが、早くも2号店を3カ月後には開業する運びだといいます。
 通常営業に加えて開業準備も加わって、A社長を含めて5人の社員の日常は多忙を極めていました。
 しかし、そうした忙しい中で、A社長がある思いに捕われたのはまさにそうしたときでした。もちろん、新店舗の開業はA社長にとって嬉しいことです。社員も喜んでくれて、準備に汗を流してくれています。ただ、「事業を拡大してみても新しいことは何もしていないじゃないか」という自問が湧いてきてしまったのです。
 雑貨を売ることで、ささやかではあっても人々の暮らしに彩りを与えているのは、たしかにA社長の誇りでした。
 しかし同時に、それに甘んじてはいけないとも思えたのです。


 A社長は自らに学習目標を課し、そして社員たちにも同様に学習目標を立てさせることにしたそうです。これまでA社では、個々の社員に仕事の目標を立てさせることはありました。
 つまり、1カ月で△△万円の売上、新規顧客○○人の獲得、リピーターの確保……といった具合です。学習目標は初めてですから、彼らも戸惑ったようです。
 しかし、出された目標を見てみると、それぞれの個性が如実に表れているようで、A社長には面白く感じられました。知らなかった彼らの一面を垣間見ているようでした。
 しばらくすると、「これが効果だろうか」と思える光景が社内で見受けられるようになりました。
 各自が興味をもって学んだ事柄を、ある者は熱っぽく、ある者は嬉しそうに、他の社員に話している姿を目にするようになったのです。聞く方も興味深そうに耳を傾けています。
 また、仕事のやり方にも変化が現れだしたといいます。これまでだったら電話で簡単に済ませていた打ち合わせも、実際に会って相手の話を聞く社員が増えたのです。
 A社長が打ち合わせに同行してみると、それは情報収集というより、まさに学んでいる感じだったそうです。


 そうした日々を過ごすうち、北欧家具の歴史を学習目標にしていたB君からある提案がなされました。彼はその歴史を勉強するうちに、木製品への愛着の深さを認識するようになったそうです。
 A社は雑貨店ですから家具というわけにはいきませんが、スプーンやカップを扱ってみたらどうかと言うのです。たしかに北欧インテリアの人気は日本で定着しています。試してみる価値ありと踏んだA社長は、早速店頭に並べてみたそうです。
すると、これまでの客層ではなかった若いお母さん方の支持を集めることになったのです。
 それは、温もりのある見栄えと優しい手触りのおかげで、自分たちの子供にこんな食器で食べさせたいという欲求にうまく合致した結果でした。

 このような一つの成果を、A社長は「学ぶ姿勢」から社員同士が刺激し合うことで生まれたものと捉えているようです。
 そしてA社におけるこの変化は、個々の「学ぶ姿勢」が組織の新たな変化と成長の下支えとなる可能性を示唆しています。
 また、よく「利益は後からついてくる」と言われますが、A社がたどった経緯は、その一つの形を体現していると考えます。

  


Posted by akroum at 09:32Comments(0)人事・労務

2018年01月22日

人事評価:伝統的感覚と新たな基準

 様々な社内制度の中に人事評価制度と呼ばれるものがあります。これは、文字通り人材を評価して、その給与や役職などを決める基準となるものです。
 しかし一般の企業経営で、人事評価制度、あるいは人事評価が経営の大きなテーマになることは、あまりなかったように思います。
 経営者の皆様の間でも、人事評価制度はあったらいいなとは思うけれど、実際に熱心に作成に取り組むほどの動機は持てない方が少なくないのかも知れません。
 新しい制度や考え方が普及しにくい背景には、年功序列制度が、今も私たちの心の深いところで生きているからかも知れません。実力主義の典型であるプロ野球の世界でさえ選手間の年功や年齢意識は強いようですので、表面に見えるほど、私たちの感覚は成果主義にも能力主義にも移行し切れてはいないのです。

 
年功序列は、経営者や管理者にとって、相当に便利な制度でした。それは、特別に個人を観察したり評価したりしなくても年齢や勤続年数など客観的な要素で処遇を決めることができたからです。
 従業員の間でも、仮に仕事の中心が若いAさんでありながら、年齢も勤続年数も上のBさんの方が給与や地位が高くても、なんとなくそれが自然であるかのように感じることができました。

 しかし、そうした古きよき時代の現実は、今や定年延長一つをとってみただけでも、成り立たなくなったと分かります。それは、たとえば60歳を過ぎた人材が、組織で最も高い給与と高い地位を得るというのが、今日の競争社会では、あり得ないほど奇異になってしまったからです。
 そのために、とにかく若くても、勤続年数が短くても、組織に有益な人材の方を厚く処遇したいとする動きが当たり前のように出てきて、もはや年功序列の時代は終わったことが常識にもなりました。

 ところが、終わったはずの年功序列時代の一つの癖が、今も無意識的に引きずられてしまっているケースでは、
・新しい人材評価制度を作ったが、うまく運用できない
・年功序列は疑問でも成果主義や能力主義にピンとこないという実感が根強く残っているかも知れません。
 そしてその強い伝統的感覚が、新しい人材制度自体をも、分かりにくい複雑なものにしてしまっている気がするのです。
 その年功序列時代の一つの癖とは、人事評価を客観的で万能な数値で捉えようとする感覚ではないかと思います。
 年功序列時代は年齢や勤続年数など、誰が見ても明らかな評価基準がありましたが、それに代わる成果主義や能力主義にも、同じように、誰の目にも明らかな客観基準を作りたがってしまう傾向が、私たちにないだろうかという疑問です。
 その人材に「何ができるか」という業務遂行能力を基準に評価する能力主義でも、営業と経理のような異なる職能でどう評価を変えるかなどという基本的な問題にぶつかります。

 それでも強引に、業績主義や能力主義を導入すると、自分たちはきちんと評価されていないという、従業員の不満を生み出してしまうのです。
 ではいったいどうすればよいのでしょう。どうすれば、高齢化社会・競争社会にはそぐわない年功序列を脱却し、納得性の高い、不満の少ない新しい制度を導入することができるのでしょうか。

 年功序列とは、評価は客観的な数値で行うべきで、行い得るものだという一種の哲学のようなもので、その必要以上の、あるいは無意識の超客観主義が、新しい制度を複雑にしてしまい、その導入自体をピンと来ないものにしてしまっているのではないかということです。
 むしろ評価に自動性を与えてくれた年功序列の存在を忘れ、つまり客観的な基準をいかに作るかではなく、原点に戻って「人材の努力に公平に報いる」にはどうするかを考えるなら、複雑な方式よりも、もっと容易でもっと効果的な視点が浮かび上がってくるように思うということです。
 いずれにしても、絶対的尺度を失った現在、人事評価を考えるには、新しい視点が必要です。
 その新しい視点とは、評価の基準ではなく「人材を見る基準」を持つことです。具体的には、各人材に何をして欲しいのか、その役割や成果の期待を明確にすることです。
 「これと、これをこうして欲しい」とあらかじめ決めようとすると、それだけでも経営者や管理者は人材を見るようになるでしょうし、それができたかどうかをチェックする姿勢を持てば、更に人材を深く見るとともに、人材にも見られていることを実感できる機会が増えることになるはずです。

 経営者が全従業員を見ることができないケースでは、経営者が管理者の役割期待とその実施チェックをし、管理者にはその部門の人材に同じようなことをしてもらうことで、問題は軽減されるはずです。
 部門の人材の仕事の作り方やそのチェックを見れば、その管理者が管理者として適性かどうかの判断もしやすくなるでしょう。部下の仕事を明確にし、何を期待するかを語れないならば、それだけで管理者としては失格だからです。

 評価基準ではなく「見る基準」を持てば、それで人事評価が完成するわけではありません。賃金や退職金の支払条件や昇進の決定条件を具体的に決めなければならないからです。しかしいかなる条件設定をしても適切に見ることを制度化し、従業員にも「経営者が見るというのはこういうことなのだ」と分かる形を持たなければ、運用は難しくなるばかりでしょう。
 能力や業績などの間接材料だけではなく、経営者や管理者が「こうして欲しい」と要望したことができたかどうかを評価するなら、そこには経営者のニーズに応えようとするプロ意識も生まれ得るのではないでしょうか。
 経営者がこうして欲しいと明確な姿勢を持つことには、給与の不満を軽減する以上の意味があるはずです。

  


Posted by akroum at 08:46Comments(0)人事・労務

2017年12月29日

忘年会~2017年~

2017年も、残すところあと3日となりました。
弊所も今日が仕事納めとなり、大掃除などを行って
今年の業務を締めくくります。

先日、一足早く忘年会icon151を開催しました
今年のお店は、大名にある「ふくろうの森」さんです。

手羽先の唐揚げ、大根とモツの煮込み、焼きガキ、
お刺身の盛り合わせ、あんこう鍋 などなど・・・
本当に、どれも全部美味しくて、お酒もすすむし
会話も弾みましたface15








あと、ゴボウの唐揚げも美味icon102です

ちょっと早い忘年会でしたが、
一年に一度、
わいわい盛り上がってこんな風に過ごすのも
来年へのはずみとなっていいですねicon14

2017年も終わりを迎えようとしています。
2018年は、今年よりいい一年になりますように・・・icon12






  


Posted by akroum at 10:35Comments(0)スタッフ日記

2017年12月23日

今なぜ叱りにくいのか

 角界は大相撲の元横綱日馬富士が幕内貴ノ岩に暴行したとされる問題で揺れていますが、以前、この角界で叱れない親方の存在がクローズアップされていたことがあります。
 もっとも角界に限らず上が下を叱らなくなったのは風潮としてあるかも知れません。
 そもそも相撲は、その心技一体性といい、鍛え上げられた姿勢といい、一瞬で決まる勝負といい、すべてスカッとするものです。
 それが失われれば単なる格闘技になってしまうと言えるのかも知れません。
 単なる格闘技としてなら、流血もなく物足りない相撲が、徐々に人気をなくすのは当然でしょう。
 しかし、同じような理由で、一般の企業でも成長エネルギーを見失っていると言えるとしたら、これは大きな問題です。

 健康食品を製造販売するA社で、通信販売に取り組むことになりました。独自の販売ルートで、新たな収益源を開拓する同業者が増えたからです。同じような商品を取り扱っているわけですから、自社にできないはずはありません。
 しかし、その目論見は最初の一歩からつまずきます。
 まず、インターネット上にホームページを開こうとした際、従業員の中で最も商品知識がある従業員が私はアナログ人間なんですとしり込みをしたからです。
 お前はアナログ以前と心の中で思いながらも、経営者は彼を叱りませんでした。そして彼をなだめながら、知人の会社の経営者に頼み、ネットを活用した商売がどういうものか教育してもらうことにしたのです。

 システム専門家では距離がありますが、ブログで客を集めている会社なら、親切に教えてくれると思ったのでしょう。
 しかし、彼は半日で会社に戻って来ました。

 昔の頑固オヤジなら「今すぐ社長に謝って来い。石にかじりついても教えてもらえ」と怒鳴るところですが、社長は何も言わず、そのままその人材を放置したのだそうです。
 私たちは誰でも「新しいこと」や「未経験分野」を怖がる傾向があります。特に小賢しい人ほど、失敗がイメージできるためか、恐れて尻ごみするケースが多いのです。しかも小賢しい人は、言い訳も上手です。
 そんな時、背中を強く押すものが、叱られるという体験なのではないでしょうか。

 もちろん、叱られるのが嫌だから前に進むのではありません。自分でも取り組むべきだと思っているのに、取り組む勇気が湧かない時、その取り組むべきだという思いにエネルギーを送るのが雷だからです。その時、従業員も子供のように、心が反応するのかも知れません。
 ただし当然、むやみやたらと叱ればよいというものではないでしょう。特に、感情的に怒りをぶつけるだけに終わると、従業員は叱られたと感じるより、また社長がわめいているという程度にしか受け止めなくなり、効用は期待できないからです。
 そこで、適正に叱るベースとして、今なぜ叱りにくいのかを考えておく必要があるようです。

 叱るべき世代と叱られるべき世代の文化(考え方や感じ方)の違いがあります。
 それはその子供時代の環境の差にあるのかも知れません。今の若手の多くは、同年代の子供ではなく大人との関係の中で育っているからです。本能的に大人の心を見抜く子供たちは、大人との関係の中で大人への対処法を、自然に身に付けて行きます。彼らに大人を怖がる気持ちはありません。

 叱れないのは気が弱くなったせいではなく、状況を把握できていないからだけかも知れません。そして、どんどん叱れる経営者の方でも、叱ることがただ怒ることに留まって、従業員の自己革新効果をなかなか生まないとしたら、異文化に届かない叱り方をしていると疑う必要がありそうです。

 新しい文化には新しい方法が必要です。
 ただ単に叱るべきだと主張する復古的な風潮には、流されない方がよいと思うからです。
 従業員が自己革新に取り組む組織には、新たなチャンスが次々に訪れます。
 自己革新を求める指導のポイントは、時代とともに変わっています。

  


Posted by akroum at 09:45Comments(0)経営

2017年11月20日

根回しとは、実はコミュニケーション

 「根回し」というと、何やら陰湿なイメージが付きまといますが、不当に悪者扱いされているようにも感じます。
 確かに、「根回し」なる言葉には、後ろ暗いイメージが付きまといます。
 しかし、根回しとは、「関係者に意図や事情などを説明し、ある程度まで事前に了解を得ておくこと」です。
 問題は、その根回しがどのように行われたかだと思います。

 A社は機械メーカーで、顧客からのカスタマイズ依頼に細かく応えることで、関係を深化させ、顧客が現在の商品・サービスから他社に乗り換える際に負担するコストを高め、長期的な取引を成立させてきたのです。
 しかし最近では、同じ戦略を採用する同業他社も増えはじめ、そのために既存顧客が離れたり、大幅な値下げ要求を呑まざるを得ない事態が増えています。
 A社経営陣の危機感は相当なもので、彼らの間ではより詳細な顧客動向を把握することが経営上急務であるとの認識で一致していました。

 そうした状況下、新たに営業課の長に就いたのがBさんでした。この時期に新たに営業課のひとつの長を任されたわけですから、会社が自分に営業のテコ入れを期待していることは、明らかでした。
 B課長は張り切っていました。就任早々、上司である営業部長に対して、KPI(重要業績評価指標)の採用を具申したのです。
 A社の現状、そして顧客動向をより精確に把握したいという経営幹部の要請とも合致します。そうした説明を部長にしてみると、感触は決して悪いものではありませんでした。
そうして素案が完成したのは、提案から1カ月後のことでした。部長はその出来に満足し、速やかに営業全体のミーティングが招集される運びとなりました。

 B課長は、この提案によって会社が変われるとの思いに、これまでの自身の頑張りをないまぜにしながら、期待を膨らませて会議室に向かったそうです。

 ところが、会議はB課長が予期する展開ではありませんでした。各営業課員から反対意見が続出したのです。
 結局、会議は、営業部長により、B課長の提案するKPI導入を、「今後の検討課題」とすることに決定したといいます。つまりは、棚上げということです。
 B課長はこの結果に、「なんでだ」という気持ちだったといいます。
 というのも、B課長にしたら、今回の提案は一心に会社の業績を上向かせるためのものであって、どこにも反対する余地のない提案だったわけです。
 いわば、正論中の正論です。それにも拘わらず、反対意見が続出したという事態に、B課長は会議直後、「何で分かってくれないのかが分からない」という心情に陥っていたのです。
 そこへ営業部長が、「B課長、調整が不十分だったようだね」と声を掛けてきたそうです。
 「B課長の提案はいいと思う。しかし現場がその気になって動いてくれなければ絵に描いた餅だよ。そのことを考えてもう一度周囲を巻き込んで調整してみたら」との言葉を残して部長は立ち去って行きました。
 「周囲を巻き込んで」とのフレーズが心に残りました。振り返ってみれば、一人で戦っていた自分の姿が浮かんできます。
 まさに孤軍奮闘、その結果が今日の会議の集中砲火だったというわけです。
 自分では十分に調整しているつもりでも、その大部分はシステム部との打ち合わせに費やされ、いかに自分が想定したスケジュール通りに進めるかに偏っていたことに気づいたのです。
 その甲斐あってか、以前より理解を示し、味方になってくれる人が多くなってきたとB課長は実感しているそうです。
 
 組織において、何か新しいことを始めようとするとき、最初から全面的に賛成ということは、まずありません。それがどんなに素晴らしく、成功の見込みが高い提案だったとしても、必ず反対意見があるものです。
 それは、その提案によって変化を強いられる人が必ず存在するからです。何かを失う恐れがある場合は、反対派の態度はなおさら強硬になります。


 根回しというと、後ろ暗いイメージが付きまといますが、根回しとは、実はコミュニケーションのことです。それを「健全に」しなければ、動くものも動きません。
 「健全な根回し」の目的は信頼関係の構築です。それがあって初めて、動かなかったものが動き始めるのです。  

  


Posted by akroum at 08:53Comments(0)人事・労務

2017年10月22日

経営者の「説明責任」

 数ある経営資源のなかでも、最も重要なものとして従業員の存在を挙げ「社員は大切」「人材は宝」といった言葉を口にする経営者は少なくありません。
 では実際、経営者の従業員に対する思いは、どれほど従業員に伝わっているのでしょうか。

 大学進学を目指す高校生のためのY学習塾を、その豊富な家庭教師のアルバイト経験を生かし、大学4年生のときにA社長は立ち上げました。
 大学の同級生数人を講師としてスタートした塾でしたが、教育費に余裕がある時代だったこともあり、生徒数は見る見る増えていったといいます。
 しかし、この状況がいつまでも続くことはなく、景気の悪化ともに生徒数は減少を始め、業績は落ち込んでいったそうです。
 新しい生徒の獲得が難しくなると同時に、自塾の生徒が他塾へと移っていく状況にまで至り、いよいよ経営が厳しくなってきました。
 悪いことは重なるものです。さらにA社長の気を滅入らせる出来事が起きました。生徒の母親からクレームが入ったのです。
 どうやら、成績の上がらない息子を母親が責めたところ、息子は「Y学習塾の授業は教科書をなぞるだけでやる気が出ない」と口にしたようです。
 もし母親のクレームが真実ならば、生徒が減るのも当然に思えたからです。早急に現状を自らの目で確認する必要がありました。

 Y学習塾の場合、授業の進め方には講師にかなりの裁量が認められています。そのほうが教えがいがあると家庭教師の経験からA社長は知っていたからです。
 実際、A社長は現場を視察してみて、多くの講師が自作のプリントを用意し、適宜小テストを行うなど、創意工夫を凝らして授業に臨んでいることを確認できました。しかし、
裁量が悪く出ているケースも見受けられました。あの母親のクレーム通りの授業であり、一部の講師からは熱意がまったく感じられなかったのです。
 A社長は「生徒離れの一因は授業の質のばらつきにある」と確信したそうです。と同時に、ばらつきをなくすために「授業マニュアル」導入の必要性を強く感じたといいます。

 A社長は早速、他社の情報を集めてみました。すると、小規模の塾、大手予備校もそれぞれに他にはない指導法を売りにしていることが分かります。
 特にある予備校では、父兄とのコミュニケーションを密にすることで、結果的に他塾への流出を阻止する仕組みを構築していました。父兄を敵に回してしまった自分たちとの違いをまざまざと見せつけられたといいます。
 A社長はマニュアルの作成とともに、こうした工夫も必要であると実感したそうです。

 管理体制の導入によって、A社長の目論見では講師のレベルが均質化し、生徒離れに歯止めがかかるはずでした。しかしながら、結果はまったくの当て外れだったそうです。
 一体、何が悪かったのでしょうか。一人で考えていても何も分かりませんから、マニュアルを含めた新たな体制についての意見も含め、A社長は疑問を講師陣に直接ぶつけてみました。
 一人ひとりと時間をかけて話すうちに彼らの本音が見えてきました。要するに、講師のほとんどがやる気を落としていたのです。特に熱心な講師ほどその度合いは甚だしかったようです。
 彼らの話を聞くと、生徒が減っているのはもちろん気づいていたし、だから自分たちなりに授業を充実させようとがんばっているところへマニュアルが配られ、チェックシートが導入され、まるで監視されているように感じた、と。
 結果、講師独自の持ち味、ノウハウを生かす余地はなくなり、彼らはやる気を失っていったというわけです。A社長の意図は授業レベルの底上げにあったのですが、そのメッセージは講師には「私はあなたたちを信用していない」と、まったく別の形で受け取られてしまっていたのです。


 こうした事態を受けて、A社長はすぐさま全講師を集め、今回の諸制度導入の背景を改めて説明しました。自社の経営状態や例の母親からのクレームを含めてです。
 会議をきっかけに実行に移された改善案は、数多くあります。個別指導の充実、志望校を意識させた動機付け、また、一度失敗した後で講師の裁量権が復活したのも、結果的にプラスに働いたのかも知れません。講師陣は以前にもまして創意工夫を凝らすようになり、横の連絡も密になったようです。
 講師の熱に引っ張られるようにして、生徒の学力も目に見えて上がっていきました。A社長はこうした成果を喜びつつも、従業員とのコミュニケーション不足の恐ろしさを心に刻んだといいます。

 経営者の意図が伝わらず、疑念や反発といったネガティブな思いを従業員が抱えてしまえば、かえって回り道となるばかりか、期待される成果に至れない確率は高まるでしょう。
 
この場合のコミュニケーションは、経営者の「説明責任」と言っていいものです。従業員に対して、必要ならば社長自らが先頭に立ち、自社の現状と方針について、数字などを使って具体的に説明する行為こそ、「社員を大切に」「人材こそ宝」といった言葉に実体を与えてくれるのではないでしょうか。
  


Posted by akroum at 09:51Comments(0)経営

2017年10月13日

社員旅行in佐世保

先週、初めての社員旅行へ行ってきました!
行き先はicon51長崎(佐世保)です

長崎といえば・・美味しいモノがたくさんありますねicon64
さっそくトルコライスをぱくりicon28

メインイベントまで少し時間があったので
ちょっと足をのばして、平戸icon17へ行ってみました~
平戸城から見る景色も、なかなかいいですね~










さて、メインイベントは
九十九島パールシーリゾートでのサンセットクルーズicon19です
なんと!当日は四重奏の生演奏icon155つき
日頃の行いがいいと、イイコトありますね
しかも、素晴らしい夕日icon01









丘の上のホテルに泊まりました。
九十九島の眺めがサイコ~icon100
お料理も美味しかったですicon12

2日目は、昨日の九十九島パールシーリゾートにある
水族館icon126
イルカショーなどなど、楽しかったですface01

呼子のイカを美味しくいただいて、帰路につきました。
初めての社員旅行、とっても楽しかったですicon67



  


Posted by akroum at 08:01Comments(0)スタッフ日記

2017年09月20日

経営者 VS 従業員 よかれと思った措置でも

 経営者が、会社や従業員全体のことを考えた上で、よかれと思って決断した措置でも、当の従業員からしてみれば、納得がいかないこともあるはずです。
 お互いに守らなければならないものがあるのですから、仕方のない部分もありますが、中には、「ごね得」とばかりに、あまりに理不尽な要求を突き付けてくる従業員がいるのも、これまた現実です。

 A社は創業5年とまだ若く、従業員も7名と小さな会社ではありますが、その若さゆえの柔軟な発想と行動力が地元で重宝がられ、2年目からは早くもそこそこの利益を計上するようになったということです。
 となると、どうしても人手が足りなくなり、早速、ハローワークや求人サイトに広告を載せるとともに、自社のHPにおいても、広く人材を求める旨、告知したそうです。
 そこに応募してきたのがK君(26歳)だったといいますが、このK君、A社長の見るところによると、かなり期待できそうだったようです。


 結局、K君は他3名と一緒にA社に中途入社したそうですが、彼が期待外れであったことは、入社半年を過ぎた頃から明らかになってきたといいます。
 営業成績がさっぱりだったのは言うに及ばず、朝はモタモタと他の社員より営業に出るのが遅く、帰社すると、パソコンの画面をジーッと見つめている始末です。
 A社長からも仕事と向き合うよう促しはしましたが、彼ばかりにかまけてもいられず、入社後1年もするとK君は、A社長にとって疎ましい存在となっていったそうです。
こうしたA社長の変化を敏感に感じ取ってか、K君の態度は急激に変わっていったといいます。
 聞こえてくるのはどうにも放っておけぬ報告ばかりです。
 悪評が集まればA社長も放っておけません。即刻、K君を呼んで、その真意をただして みたそうです。
開口一番、自分の勤務態度を棚に上げた言い分を続けた挙げ句、束の間の沈黙の末、「あいつらと同時入社なのに、何で僕だけ給料が安いんですか」と、訴えてきたそうです。
 呆れながらも、A社長はK君の営業成績を振り返り、この2年足らずのうちに同期と差がついてしまったことを説明し、K君も入社当初の真摯さで仕事をすれば追い付けると励ましたようです。

 そうした状況下で新たに採用したのがT君だったといいます。営業のテコ入れはもちろん、T君はK君と同じ歳ということで、A社長としてはK君の奮起につながればという思惑もあったようです。
 ところが、このT君の採用が、A社における労使トラブルを決定的なものにしたようです。A社長の算段の半分は当たり、もう半分はまったく逆効果であったというのです。
 これまでの経緯から社内で浮いた存在になっていたK君は、T君という話し相手ができたことで元気を取り戻し、朝も二人連れだって営業に出かけていく姿が見られるようになったそうです。
 しかし、この二人の急接近は先輩社員のK君の影響力が勝ってしまったようです。
半年後、T君は先輩社員を軽んじ始め、不機嫌な態度を終始まき散らすようになってしまったといいます。


 A社長もそうした事態を放っておいたわけではありません。二人を個別に呼んで改善策を模索し、給料の話が出れば、「それで社内の雰囲気が良くなるのなら」との思いから、多少のベースアップに応じもしたそうです。
 ところが数カ月が経ったある日の朝、「社長、お話があるのですが」と二人そろって切り出してきたというのです。
 二人の主張はこうです。「自分達は正当に評価されていない」「会社の営業方針はおかしい」「給料が安い」と。さすがにA社長も我慢の限界を超え、その場で退職を勧告したといいます。
 まさか退職を突き付けられると思っていなかった二人はかなりのショックを受けたようで、その日はそのまま帰ってしまったそうです。翌日は無断欠勤、翌々日に二人一緒に現れたK君とT君は沢山の資料を抱えていたといいます。それはインターネットと一般書籍から引っ張ってきたもので、蛍光ペンでの線引きやあちこちから飛び出した付箋は二人の執念を感じさせるものでした。


 彼らは「始業時間の1時間前には出社していたのだから、これは残業になるはずだ」「毎日のように20時、21時まで働いたのに残業代がつかないのはおかしい。さかのぼって支払って欲しい」と主張したそうです。
しかし、A社長としては、早めの出社は新入社員として当然だと考えていましたし、外回りが多い営業社員には、残業代の代わりに「営業手当」として月5万円を支給していました。それは入社時の説明で納得済みのはずで、しかも残業の半分は社長も一緒に残って、指導や研修を行っていたというものでした。

 「早く二人に一人前になってほしいという思いは何だったんだ」との空しさを抱えながら、A社長は専門家への相談を重ねました。しかしながら、就業規則が整備できていない状況であったこともあり、結局は話し合いの末、解雇予告手当に加え、「給与1カ月分の支払い」「残有給の買い取り」で、二人とは和解することになったのです。
 これがA社長の経験だったわけですが、実際、労使トラブルとは経営者のパワーを根こそぎ奪ってしまうもののようです。
 
A社長はそれ以来、会社のルールを明文化する重要性に気づき、就業規則の見直しに着手したそうです。
 良い意味でも悪い意味でも、多様な人間が集まるのが会社です。社員が仕事への情熱、やり甲斐を共有してくれるものだと思い込んでいたところに甘さがあったと、A社長は振り返ります。

  


Posted by akroum at 09:26Comments(0)人事・労務

2017年08月18日

競わせるより、「学ばせる」大事さ

 甲社では、最近の重苦しい状況を打破するために、かつて比較的大きな企業で、営業の最前線を担当してきた人材を招いて、営業力の強化を図りました。招いたのは、営業部長まで勤めた人材でしたが、あまり多くの年俸を用意する必要はなかったそうです。
 しかも、当初は従業員にも好評でした。それは、今まで社長の直属だったから、話さえ聞いてもらえなかったけれど、今度の部長は小さな相談にものってくれるというものだったのです。
 現場での直接指導を任せたかったA社長には、従業員の反応は好都合でした。ところが、そんな好ましい関係は、長続きしなかったのです。

 親身に話を聞いてくれる新営業部長は、同時に個人別に営業成績グラフを掲示することも忘れませんでした。
 アメ(相談にのること)とムチ(成績を明瞭にすること)によるモチベーション管理とでもいうのでしょうか。
 しかし、よくある「成績グラフ」は、半年もたたないうちに、行き詰まってしまいます。
 業績も、新部長就任以前より悪化してきました。


 営業部長に注意を促しても、「やはり中小企業ではダメか。前の企業では当たり前だったのに」と、問題を過去の成功にすりかえてしまうだけで、改善する様子を見せません。
 厳しい時代の「奥の手」として、輝かしい業績を残した優秀な人材を招いたはずなのに。 A社長は、そんな苦々しい経験の後、営業部長に退社を促し、直接組織の建て直しに取り組みました。

 営業部長が、かつて活躍した頃は、、市場が右肩上がりに拡大した時代で、ガンバレばそれなりの成果が出る方が自然だったのです。
 もちろん、右肩上がりの時代にも、そのガンバリの深さや大きさで、様々な差が出ました。しかし、成果に差があっても、適切なガンバリには何がしかの成果がついて来たのです。
 しかし、今日では、いくらガンバッても、それが成果につながる保証はありません。
 そんな状況の中で、ムチを打っても、誰も走ることはできないでしょう。営業部長は、相談にのってくれる人でしたが、その相談から得られる回答は、今の環境からかけ離れた大きな組織での体験談であり、聞く側には、ほとんど理解できなかったのです。

 あれこれ悩んだあげく、A社長は1つの行動に出ることにしました。その行動が、その後の展開に大きな影響を与え、徐々に人材に活力が戻って行ったそうです。
 A社長が最初に取り組んだ「行動」とは、できるB君とできないC君の営業活動の比較でした。
 どこからどのように「見込み客」を見つけ出し、その見込み客にどんな資料とどんなトークで働きかけ、どんなタイミングでどれだけの頻度で訪問しながら、どんなキラートークでクロージングをかけるのか、時には同行しながら把握することに努めました。
 もちろん営業活動中だけではなく、朝や夕方の会社での過ごし方や、趣味の持ち方まで、こと細かく比較したそうです。


 観察結果として、A社長は、「こんな対象に、このタイミングで、この資料をぶつけ、こんなトークをして、この反応を得た時に思い切ってプッシュする」という類の「営業ストーリー」を作ることができました。確かに自分の若い頃とは世の中が変わっており、驚く部分もありましたが、営業の本質は、大きく変わっているとは言えません。
 A社長は、ストーリーを全て営業ツールとして文書化するとともに、トークなどを全員に教えることとしたのです。

 社長が作った営業ツールとトークなどによって、全員がB君のような成績をおさめ始めたわけではありません。ツールやストーリーなどを高いレベルで揃えても、各人の成果には差が残ります。
 しかし、A社長によれば以前よりはずっと差が小さいし、C君までもが問題児でなくなっただけで成果は十分大きいということです。
 ただ結果ではなく、A社長の検討過程にある重要な要素に、私たちは注目する必要があるでしょう。

 今日のように、競争が激しくなると、努力の割には成果が出にくい、なかなか思い通りの成果は出ないということです。
 ところが、今まで当たり前のことができない人が、できるようになるなら、そこには大きな飛躍が生まれます。そして、すでに10の業績を挙げている人に11を求めるより、3の業績しか挙げていない人に、5を求めるほうが、組織全体の成果の増え方は大きくなるのです。難しい時代ほど、底上げが必要だと言われるのはそのためでしょう。
 全員を競わせて、競い合いに強い人だけを伸ばそうとするのではなく、できる人からできない人が学んで、そのマネをする方が、より効果的であるケースが少なくないからです。

 組織内部で競い合って、一番二番を争っても、船全体が世の中の大波にもまれて漂わざるを得ないのが、現代です。
 厳しい環境の中では、競い合いで組織構成員がお互いに力を消耗し合うのではなく、よいところや活動パターンを学び合って、結果として組織全体のパワー向上を達成するという考え方が、ますます重要になるでしょう。

  


Posted by akroum at 11:56Comments(0)人事・労務

2017年07月20日

部下から見た上司と二人の課長

 いわゆる中間管理職とは大変な仕事です。上からは結果を求められ、そのために自分に過重な労働を課し、体を壊してしまう例も少なくありません。また、仕事をうまく切り回すために、下に対しては人間関係を工夫する必要もあるようです。
激励、叱責、称賛……と、アメとムチはさまざまに使い分けられます。
 それでもなかなかうまくいかないのが、まさに中間管理職の仕事の大変さと言えるでしょう。
 実際、部下は上司をシビアに見ているものです。
 そこで上司の頑張りを無駄にしない部下のやる気の引き出し方について考えてみます。

 A社は食品を扱う商社で、営業部は30名と大所帯で、これは全社員の約6割を占めます。そして営業部はその扱う商材によって一課と二課に分けられているそうです。
 それぞれの課を束ねるのがB課長とC課長です。商社にとって営業職は非常に重要な役割で、A社の将来は二人の課長の双肩に掛かっているというのは、全社員にとってある程度共通した認識でした。
 そんな重要なポストを任されている二人ですから、共に仕事ができるのは言うまでもありません。

 ただ大きく違ったのは、仕事の進め方でした。

 一課の商材の営業には「攻めの姿勢」が必要なようで、B課長は社内ではイケイケの性格で知られています。
 一方、二課長の椅子に納まっているのがC課長であり、扱っているのは、非常に需要は多いのですが、それだけに競争は激しく、取引先との密な連絡は欠かせません。
 C課長は、綿密さを要求される仕事に打ってつけの人物と社内で目されています。


 A社では、営業部長が来年には定年を迎えるため、次にそのポストに就くのはB課長かC課長であるのは明らかで、この出世レースは社員たちの関心の的になっています。
 二人を課長に抜擢したのはA社長ですから、彼らの性格はよく知っているつもりです。しかし、課長に登用した最大の理由は、二人が「必ず結果を出す」ことでしたから、改めて、「経営幹部としてどちらがふさわしいか」という観点で見てみると、判断材料に乏しいことにA社長は気づいたそうです。

 そこで再度彼らの仕事ぶりを見極めてみようと思い立ったのです。
 評判にたがわず、B課長の働きぶりはエネルギッシュそのものです。部下への指示も素早く、的確であるとA社長の目には映ります。
 一方、C課長の仕事の進め方はというと、ある意味でB課長とは正反対であると言えそうです。明らかに書類に目を落としている時間が長く、部下を呼びつけたと思ったら、椅子を勧めて何やら20分も30分も話し込んでいます。
 スピード感という点では、どうやらB課長に軍配が上がりそうですが、そう簡単に判断は下せません。

 ここでA社長は、「経営幹部にふさわしいのは」というのが観察の目的であったことを確認します。「経営幹部に」ということならば、彼らの周辺にまで目が向けられて然るべきです。
 以来、A社長の目は二人の課長の部下へと向けられることになりました。そうして視線をずらしてみると、思いがけないものが見えてきたそうです。
 それは決して小さなものではありませんでした。
 一見すると、一課の社員たちはB課長の覇気に引っ張られて精力的に動き回っているように思えます。しかし、さらに綿密に観察してみると、部下たちは「B課長の言う通り」に動いていることが分かります。
 他方、C課長は部下に対して、いわゆる「命令」という形を取っていません。部下とのやり取りの中で答えを見つけていくのが彼のやり方のようです。


 その様子と比べてみると、一課の社員たちの表情は情熱的なようで、その実、テンパッているだけのようにも見えます。よくよく眺めてみると、一課員の働きというのは、B課長が頭に描いた通りの結果であって、それ以上でも以下でもありませんでした。
 しかし、二課の場合は違いました。C課長と部下とで練り上げた計画以上の成果が、時にもたらされたのです。
 この違いにA社長は着目せざるを得ませんでした。

 それは「部下への接し方」でした。C課長のやり方というのは、まずは「部下の考えを全面的に受け入れてみる」というものでした。
部下が自分で納得した上で違う方法をとるよう促していたのです。
 命令、強制を基本とするB課長との一番の違いはここですが、ノルマをこなすことに必死な一課員と伸び伸びと成果を出す二課員にこそ、最大の違いを認めたのでした。


 「会社の将来」を考えた時、リーダーがいなければ動けない社員、リーダーの思惑を超えて結果を出してくる社員、この違いを見れば結果は自ずと明らかなような気がします。こうした違いは、「部下のやる気をどう引き出すか」の違いに起因している気がします。経験上のアドバイスを加味しながら、部下のこうした気持ちを損なわないで十分にやる気を引き出してやることこそ、リーダーの仕事なのだと思います。

  


Posted by akroum at 09:24Comments(0)経営

2017年06月20日

もっと女性の力を活用できないか

  日本で進行中の「少子・高齢化」に対する警鐘が鳴らされるようになって久しく、その影響は社会保障費の大幅増といった視点で語られることが多いようです。
 それだけでなく、この少子・高齢化はまた別の問題も生じさせます。それは将来における労働力人口の減少です。少子・高齢化は長期的に見れば、仕事から引退する人が新たに働き始める社会人より多い、という状況ですから、平たく言ってしまえば、働く人が減るということになります。
 本格的な少子高齢化社会を迎える中で、就業意欲のあるすべての人が就業できる環境整備が課題となっています。
 そこで、少子高齢化が進行する中、「女性の能力活用」について考えてみます。

 A社は、紙製品の卸を営んでいる会社です。現在は二代目のA社長が跡を継いでおり、地元では老舗として知られています。
 しかしながら、老舗ならではの苦悩というものがあるのでしょうか。A社長がここ最近感じていたのは、一言で言ってしまえば「閉塞感」というもので、どこか組織が目詰まりを起こしているのではないかという気がずっとしていたそうです。
 A社は老舗だけあって、どちらかといえば保守的な会社で、通常の業務に男女の区別はないのですが、重要なポストのすべてを男性社員が占めています。言ってしまえば、男性優位の会社だったということです。
 A社長が跡を継いでからも、職制をいじることはしませんでした。
 しかし「このままでは早晩立ち行かなくなる」というのが、今やA社長の率直なところになっていました。
 というのも、ものになりそうな新商品を見つけてくるのは、ほとんど女性社員です。「わが社には優秀な女性社員が多い」というA社長の認識は強まっていきましたが、管理職は男性ばかり。優秀な社員が能力を発揮できていない状況を見るにつけ、これまで手をつけてこなかった職制を変えるべき時が来たと感じていたのです。

 その改革の手立てというのが、女性社員の管理職登用でした。
 といって、簡単に行かないのはA社長には十分に予想できました。男性社員の反発も考えられます。出産、子育てを支援する制度も必要になるでしょう。
 そこでまず、A社長は女性社員を管理職に登用していくこと、それと並行して女性がもっと働きやすくするための出産、子育支援制度を全社員に向けて発表したのです。
 これは、A社長にとっては、もっと仕事をがんばりたいと思っている女性社員にも歓迎されるだろうと考えていました。

 ところが、です。
 制度導入から半年、女性管理職を目指そうと自ら手を上げた社員は皆無でしたし、A社長がかねてから評価していた複数の女性社員に「管理職を目指してみないか」と水を向けてみても、返ってくるのは辞退の声ばかりだったといいます。
 
彼女たちが口を揃えて言うのは、「実際、仕事と家庭を両立している女性管理職は、まだ会社にいないので、 そうなるとやっぱり不安になる」ということでした。
 こうした事態は、さすがにA社長も予想していなかったようです。もちろん「制度を利用しろ」と強制するわけにもいかず、どうにも八方ふさがりの日々が続いたのです。
 そこでA社長は、支援制度を利用しながら仕事と家庭を両立させている女性を、まずは自分で探してみようと思い立ったといいます。
 つてをたどってみると、同じ県内にその会社はありました。女性をうまく活用している会社として何度もマスコミに取り上げられたことがあるのが、そのB社だったのです。

 A社長は早速、先方に話を通し、幹部と連れだってB社を訪れました。女性幹部(Bさん)との面談はA社長にとって有意義なもので、とんとん拍子にA社の女性社員と懇談会をもつ話がまとまったといいます。
 そして懇談会当日、Bさんの実体験が話された後の質疑応答で、女性社員たちから矢継ぎ早に質問が出る光景に、A社長は「わが社の女性たちはこんなに不安を抱いてたんだ」と実感したそうです。
 こうしたことを何度か繰り返し、A社長自身も女性社員から直接話を聞いて、最終的にA社長が考えたのは「働きながら幸せになれる」と思えるような会社にしようということでした。

 そのためには女性を支援する「制度」だけでは不十分なことは、今や明らかでした。考えてみると、これまでは育児休暇にしても、短時間労働にしても、そうした女性の働き方を「許容する」という意識だったことにA社長は気づいたそうです。
 そうではなくて、本当に女性の力を活用したいなら、そういった働き方を「評価する」
ことこそが必要であると思い至ったというのです。すなわち、A社に必要だったのは「文化」だったというのがA社長の答えです。

 現在のA社はまだ試行錯誤の中にはあるそうですが、はっきりと変わったのは、女性社員の離職率が格段に下がったことで、どうやらA社初の女性管理職誕生も近そうだということです。
 ここで重要なのは、A社長がなぜ上記のような施策に取り組んだのかをもう一度確認しておくことです。それは会社を強くするために、それが必要だったからに他なりません。
 働きたいと思っている優秀な女性が、仕事と家庭の両立が難しいという理由で会社を辞めてしまうのは、本人にとっても会社にとっても、いかにももったいないことです。
 もし子育てによって短時間しか働けないとしても、そうした状況で働こうとする女性は、その限られた時間で懸命に成果を上げようとするはずです。

 「女性が定年まで働ける環境」という考え方は、これまであまり中小企業には取り入れられてこなかっただけに、それをうまく「企業文化」とできるなら、その成果は余計に著しいのではないかと考えるのです。
  


Posted by akroum at 08:25Comments(0)人事・労務

2017年05月22日

「イエスマン」の問題は組織活力喪失の問題

 イエスマンとは上司や先輩など自分にとって影響力のある人や権威のある人に対してご機嫌取りをする人の一種で、目上の人からの頼まれ事や意見に対して「はい」「いいですねえ」といった肯定的な返答しかしない人のことです。

 もう随分前の話になりますが有名な老舗料亭での「食べ残し食材使い回し」が問題になりました。先の客が残した料理を、次の客に出すという話です。
 この問題は組織経営の視点に立てば、一般に取り上げられている問題以外のところに、非常に重要なポイントがあるように思えます。

 あるコンビニエンス・ストアで働くAさんは、前職の時から「仕入れ」に興味を持ち、コンビニでは「端末機」から、直に発注できるという仕組みを非常に気に入っていました。そして、店長の許可を得て、まさに肌身離さず端末を(店内で)持ち歩く日々が始まったのです。
 そのおかげで、弁当は季節色豊かなものに徐々に変身し、チクワやカマボコなど、女性が帰路に買う人気の食材も増えて行きました。店長は、Aさんのそうした姿勢が頼もしく、ずいぶんと頼りにしていたようです。

 しかし、「春の行楽弁当」を仕入れ過ぎ、大量の「廃棄」を出してしまいます。特に、通常弁当の2倍近くする行楽弁当は、売れ残りで大きな損につながりました。
 売れ残りの要因は天候不順ですが、オーナーにはそうした「リスクをとる」姿勢が気に入らなかったのです。Aさんには菓子類の発注以外を禁止し、自ら弁当や惣菜を仕入れることにしたそうです。
 ところが、今度は弁当類の売上がピタっと止まります。
 それは、一言にすれば「壮年男性感覚で選ぶ弁当」が、OLにそっぽを向かれ、近所の別のコンビニに客を奪われていったからのようです。オーナーもすぐに、そのことに気付きます。そしてAさんに、再び弁当の仕入れを依頼しました。
 ところがAさんの答は「ノー」でした。自分が失敗をしたら店に迷惑をかけるし、今後うまくやる自信がないと言うのです。元気よく端末を持ち歩いていた時とは、もはや別人でした。「責任は問わない」とオーナーが申し出ても、うつむくのみで、結局店を辞めてしまったのです。

 Aさんが別人になった背景は、「行楽弁当」仕入れでの失敗が、Aさんには耐えられなかったようです。特に、退職金で店の権利を買ったオーナーに「迷惑」をかけたという思いは、その後の行動を「委縮」させるのに十分なほど重かったのです。
 迷惑を受ける人が「特定」されればされるほど、私たちは慎重、あるいは臆病になります。漠然と組織が迷惑を受けるなら平然としていられても、目の前の人が痛む時、行動力が想像以上に害されるということです。いったん、そんな意識を持ったAさんは、仕事に向かう「元気」を失って、別人になってしまったのです。


 老舗の厨房でも、同様のことがあったかも知れません。もし現場責任者が「経営が苦しい、何とかしなければ厨房のB君とC君が職を失う」という、具体的な対象が見える強迫観念にかられたとしたら、経営者の言葉に「反論」する元気がなくなってしまうこともあり得るのです。
 こうして「イエスマン」が生まれます。そして一度、自分の気力や価値観を捨てて「イエスマン」になってしまったら、自分の思考を一切止めて命令にのみ従うことになりがちなのです。ただ、厨房はすぐに「イエスマン」になったのでしょうか。これは推測ですが、最初は「反抗」したの゛はないかと思います。ところが「大切なモノ」を見つけ出すことができなかったため、徐々に「イエスマン」に追い込まれて行ったのではないかと考えられるのです。もし「大切なモノ」がもっと早く見つかっていたら、深刻な事態には至らなかったかも知れないからです。
 では、その「大切なモノ」とは、いったい何なのでしょうか。

 見つけるべき「大切なモノ」とは、「工夫」です。

 「イエスマン」とは、工夫を見つけられず、工夫すること自体を「あきらめた」人材のことだと言えるかも知れません。経営者の指示に従うのは、指示に納得しているのではなく、考えることを止めてしまっているからに他ならないのです。

「イエスマン」問題は、工夫の放棄による組織活力の喪失問題でもあるわけです。

 では、どのようにすれば従業員の「イエスマン」化を防止できるのでしょうか。それは「工夫」というキーワードを通じて組織内の連携を深めることでしょう。たとえばコンビニ・オーナーが売れ残りを減らす工夫を一緒に考えてくれないかと依頼すれば、Aさんの態度は変わったかも知れません。経営者と従業員の「工夫の連携」が生まれるからです。

 
ただし「イエスマンではダメだ」と言うと、勘違いしてむやみに「反抗」したり「お友達感覚」で経営者と接したりする人材も出てしまうかも知れません。
 しかし、そんな時でも命令や叱責で上から押さえつけるのではなく、適切な「規則やルール」を作って「規則が守れるように工夫しろ!」と命じる方が、効果的な場合が多いのです。命令する際にも「工夫」というキーワードを外さないことは、案外重要なのかも知れません。  
   

  


Posted by akroum at 08:39Comments(0)経営

2017年04月21日

社内トレーナーの育成

 A社は原料高の製品安という状況の中でも、順調に売上は確保してきたといいます。しかしながら、競争の激化とともに、いよいよ売上の減少が明らかになると、最初に声を上げたのは営業の中堅社員達だったそうです。
 それは、「会社が苦しいのは分かっている。それだったら、かなりの時間を割いている社内研修を何とかしたらどうだろうか。正直なところ、研修に時間を取られるくらいだったら、それを営業に振り向けたい」というものです。
 売上が落ちてまず突き上げを食うのは営業ですから、それを先回りした言葉だったのかも知れません。けれども、そこには研修制度自体に対する中堅社員の不満があったというのが根本だったようです。というのも彼らは、かねてより会社が実施する研修の必要性を疑問視していたからです。

 A社の研修制度は、若手社員、中堅社員、幹部社員向けと対象を分けて行われています。
 中堅社員に対しては外部の講師による自己啓発が研修の中心だったらしく、それは最前線で働く彼らにとって「理想論」でしかなく、会社の命令だから、出席せざるを得ないという程度のものに過ぎなかったようです。

 定期的に開催していた中堅向けの研修が棚上げされたことで、営業に時間的な余裕が生まれたのは確かだったようです。しかし、時を経てみると、予想していなかった弊害が社内で見られるようになったといいます。それはまず、若手社員の研修軽視となって表れたそうです。「上がやってないのに何で自分達ばっかり」というのが彼らの言い分で、研修中の態度は明らかに「やらされている感」が強くなっていったそうです。
 のみならず、研修がなくなったことで、営業に集中できるはずの中堅社員の成績も、半年経ってみても成果は芳しくありません。

 A社が閉塞感に包まれる中、A社長は発端となった中堅社員達を会議室に呼び出して、率直に「どんな研修だったら役に立つと思うのか」と訊いてみたというのです。
 社員達がとつとつと話し出したのは、「もっと実践的であれば」というもので、その回答にA社長はしばらくの沈黙のあと、「それなら自分達でテーマを決めて、自分
達の手で研修をやってみないか」と提案したそうです。それは、研修制度を再見直しするという社長の意思表示です。リーダー格のBさんを講師役に指名すると、1カ月後の開催を言い置いてその場を後にしたそうです。

 最初は途方に暮れていたBさんでしたが、日頃から自分の課題として取り組んできたものにテーマを絞り、Bさんの選んだテーマは「いかに顧客単価を上げるか」というものだったそうです。それが身近なものであっただけに、研修は他の社員からも関心を得、好評を博する結果だったといいます。
 この研修の成功がBさんにとって嬉しかったことは間違いありませんが、それ以上に、1カ月間夢中で研修準備の作業に没頭していたことに対する驚きと充実感のほうが、大きかったというのです。

 Bさんが今回の件を通して強く感じたのは、「興味のない研修に受け身で参加するよりも、社員が積極的に研修に参加できる体制作りが大切なのではないか」ということだったようです。
 Bさんによれば、最初は社長命令だったとはいえ、次第に知識の習得にのめり込みそしてさらには、その学んだ知識を他の社員に教えるという行為の楽しさに気づいたという体験が、Bさんにとって一番の成果であったというわけです。


 以来、社員が講師となって行う研修スタイルは、持ち回りでA社に定着し、最近では「社内トレーナー制度」にまで発展しているそうです。
 しかしながら、任命された社員にとって、講師になることは、新たな負担(通常業務との兼任)ですから、多少の手当をつけているそうです。
 また、トレーナーとして教える内容は自分のキャリアプランに合致したものが選択でき、そのためにかかる経費は会社が負担するといった工夫がされているといいます。

 経営環境がめまぐるしく変化する時代だからこそ、「強い組織」をつくるための教育体制の整備は重要な経営課題です。
 投資にゆとりがなくなる状況においては、単にコスト削減により社内研修を減らしてしまうのではなく、研修の内製化、「社内トレーナーの育成」という視点で社内の教育体制を見直してみることも意味のあることだと思うのです。

  


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2017年03月20日

就業規則は風土そのもの

 厚生労働省の「平成27年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(平成28年6月8日)によると平成27年度は、前年度と比べ、総合労働相談の件数が微増、助言・指導申出、あっせん申請の件数が減少していますが、ただし、総合労働相談の件数は8年連続で100万件を超え、高止まりしています。

 このような状況を踏まえ、労使トラブルを未然に防ぎ、会社を思わぬ危難から守るために「就業規則」を重視する経営者も増えてきています。
 しかし、就業規則の意義は労使トラブルの防止に止まりません。A社で起こった事件を取り上げながら、就業規則の可能性について考えたいと思います。


 A社が不動産の仲介・管理業を始めて40年以上が過ぎています。今では地域一帯でA社に対する信頼は厚く、街のあちらこちらでその物件がA社の管理の下にあることを示す看板を目にすることができるほどです。
 現在の代表はA社長。3年前に先代が突然に亡くなり、その跡を継いだ形です。
 しかし、それよりずっと以前からA社長はA社に入ってこの仕事についていましたので、代替わりはスムーズだったそうです。
 会社の内容は契約件数の減少、家賃の滞納など、問題がないわけではありませんが、A社は手堅い商売を続けてきました。

 そのような中、A社を定年退職したベテラン社員Bさんから「法外な」退職金を請求されて困っているというのです。A社は中退共(中小企業退職金共済)に加入していて、Bさんにはすでに中退共から退職金を支払い済みです。
 ところがBさんから、それとは別に就業規則に定めた退職金規程に基づいて、一時金を満額支払ってほしい旨の配達証明郵便が届いたというのです。
 しかし、A社長は就業規則にある退職金に関する定めはおろか、就業規則そのものの存在さえ知らないといいます。
退職間際、Bさんが退職金のことを口にしていましたが、A社長は当然、中退共のことだろうと思い、気に留めていなかったので、突然、配達証明郵便が届いてびっくりしてしまったというわけです。


 即刻、Bさんの携帯に電話をして事情を確かめてみたそうですが、ちゃんと退職金を払ってほしいと繰り返し、就業規則に書いてあるのだから、と断固たる態度だったといいます。
 A社長の話では、Bさんは自分が就業規則作成時の従業員側の中心だったから、その内容もよく憶えていると言っていたそうです。
 一方、A社長はそんなものは知らない、の一点張りです。
 しかし、本当に就業規則があり、退職金に関する定めがあるとしたら、従わなくてはいけないことは明らかです。何はともあれ、就業規則の存在の確認が先決と探してみることにしました。
 社内をくまなく探したところ、総務部の書庫の片隅から就業規則が出てきたそうです。確認してみると、たしかに退職金の定めも記載されていて、Bさんの請求額は適正なようです。
 どうやら、その就業規則は先代が景気も良く、今よりも従業員が多かった時代に作成
したもののようです。
 ですから、その記載に従った額をこの時期に支払うことは、大変な痛手でした。しかし、退職者とのトラブルを避けたい、というA社長の思いもあり、支払うことにしたのです。

 以来、A社長は就業規則の見直し作業に取り掛かったそうです。
 今回の事件の引き金でもあり、また会社の現在の経営状況に不釣り合いということで、最初に手をつけ始めたのは退職金に関する項目でした。
 A社長とすれば、退職金の額を少しでも抑えたいというのが正直なところです。とは言っても、そう簡単に退職金の減額に関して従業員から同意が得られるとも思えません。従業員との話し合いには、経営者としての熱意と真摯な姿勢が求められます。


 考え抜いた末にA社長が出した結論は、労働条件の改善でした。A社では成約に至った際、その契約金額の一定割合を歩合給として支給していますが、その割合を高めようというものです。もちろん、全社員が対象です。
 これを材料として、A社長は従業員との話し合いに臨みました。就業規則の現況、そして変更したい点をまず説明しました。従業員が一斉に難色を示したのは予想されたことでした。
 そこでA社長は会社の経営状況を包み隠さず開示し、その上で労働条件の改善についても言及したそうです。しかし、もちろんその場で結論が出るはずもありませんでした。結局、1カ月に及ぶ話し合いの末に、従業員の同意を取り付け、就業規則の変更はなされたのでした。

 この後、A社長にはまた別の考えも浮かんでいたそうです。
 つまり、たしかに就業規則は会社を守ってくれる側面もあるが、従業員にもっと元気に働いてもらうためのものとして機能させたいという考えです。
 その時、A社長の念頭にあったのは、Bさんが退職する際にまとめて取った有給休暇だったそうです。

 法律的には辞める際にまとめて有給休暇を取得することは拒否できませんが、このことは労使双方にとって特段の利益があるとはA社長には思えませんでした。
 有給休暇で従業員に元気を充電してもらい、その活力を会社に持ち帰ってほしいというのが、この1カ月就業規則と向き合ってきたA社長が有給休暇に求める思いでした。
 そこで早速、勤続1年以上の従業員を対象に、強制的に連続5日間の有給休暇を取得させる制度を従業員に提案したそうです。

 仕事の遅滞を理由に反対の声もありましたが、うまく前後の週休とくっ付ければ9連休は魅力です。
 導入を進めるため、この制度をまず管理職から利用させたそうです。最初は文句を言っていた彼らも、休み明けのその表情は例外なく晴れ晴れとしていたといいます。
 その空気は他の社員にも伝染していったというのがA社長の感想です。そして、「これが求めていた雰囲気だ」と確信したそうです。


 A社長の言う「雰囲気」とは、時が経てば「風土」となっていくのでしょう。
 就業規則には労使トラブルを未然に防ぐという大事な機能がありますが、それだけに止まらず、社員のモチベーションを上げるという機能を付加することも、やりようによっては十分に可能です。

 
しかしそれは、他の会社のものを流用しても、到底実現できません。どんな会社にしたいか、何を成し遂げたいか、つまりは経営理念と照らし合わせて就業規則を熟慮してみてはいかがでしょうか。 

  


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2017年02月23日

「残業」という視点から

 「労働生産性の国際比較2016 年版」によると、日本の労働生産性は、OECD加盟35カ国の中でみると20位。前年(21位)より1つ上昇したが、統計で遡れる1970年以来、主要先進7カ国の中では最下位の状況が続いています。

 労働生産性とは「資源から付加価値を生み出す際の効率の程度」のことですから、日本の場合、一定の資源から生み出される付加価値がそう高いレベルにないということになります。
 世界的に見て高水準にある日本の人件費とその働き方が影響しているだろうということです。経営環境は大きく変わってきているのに、日本人の働き方はそれほど変わっていないのかも知れません。
 そこで 「残業」という視点から、仕事の効率化と付加価値について考えてみたいと思います。

 A社に勤めるBさんは一昨年に男児を出産し、母親としての喜びを感じているはずでした。ところが、どうにもそうはならない事情があったらしいのです。
 
 A社の中でBさんは企画、デザインの分野を担当しており、その発想力、企画力は周囲も認めるところです。しかし、ある一つの制約がBさんを社内で浮いた存在にしていたというのです。
 その制約とは子育てでした。子供がまだ小さかったため、Bさんは残業ができない状況にあったのです。
 残業はしないで息子を保育園に迎えに行くというのがBさんの方針でした。こうしたBさんの働き方も普段は何の支障もありませんでしたが、繁忙期、あるいは注文が集中した場合はそうはいきません。
 周囲が残業している中、一人そそくさと退社するわけですから微妙な空気が流れます。
には出しませんが「この忙しいのに一人だけ帰るの」といった社員達の意識をBさんはひしひしと感じていたそうです。


 そうした状況下、A社長の奥様が突然の入院をすることになりました。これまで家事全般を一手に引き受けてきた夫人の不在は、A社長の生活を一変させたといいます。
 まず入院という事情から、朝夕の病院通いがA社長の日課とならざるを得なかったようです。
 といって社長業を疎かにするわけにはいきません。
 そこでA社長は、朝夕に自分が会社にいられないことを埋め合わせるため、社員一人ひとりに、始業前に一日の業務予定メール、終業後に業務報告メールを携帯電話に送らせるようにしたそうです。
 携帯メールを使ったのは、電話で話せないという病院事情からでしたが、やってみると字数の制限とA社長を無用に煩わせないようにとの社員の配慮からか、状況を非常によくまとめたメールが届くことにA社長は感心したといいます。

 この方法はうまく回っていたようです。
 予定メールには業務の優先順位、それぞれの仕事にかかる予定時間、報告メールには予定と実際の差異を付記させるようにし、A社長はそれに経営者としての判断を返信するようになっていったといいます。
 このような中、A社長は、ふとあることに気づいたそうです。
 それは、自分が会社にいる時より、皆の仕事ぶりが把握できているのではないだろうか、ということだったそうです。
 同じ空間で仕事をしており、A社長は社員の仕事ぶり、進捗具合を十分に把握していると思っていたのです。しかし、それは節目の納期レベルでの把握でしかなく、日々彼らが何を目指し、どんな仕事をしているか、実は分かっていなかったことを痛感したといいます。

 A社長は、携帯に送られてくる日々の仕事の段取り、社員の自覚といったことを思い浮かべながら、社内の改善すべき点を考えたとき、図らずも思い浮かんだのはBさんでした。
 つまり、「もしかして我が社でいちばん効率的に働いていたのがBさんだったのでは」と思い至るようになったというのです。と同時に、我が社は自分が思っているより、効率的に働けていないのかもとも。Bさんは残業なしに他の社員と遜色ない仕事をしていたのですから、実際そうだったのでしょう。

 そこでA社長はBさんに仕事の進め方について説明を求めたそうです。
 すると、A社長は思いもよらないものを見せられたそうです。それはBさんのノートで、そこには、効率性向上に特化したノウハウがびっしりと書き込まれていたのです。
 いずれにせよ、この一事がA社長の仕事に対する評価、進め方を再考する確かなきっかけになったそうです。
 以来、A社長が取り組んだのは、Bさんを中心として、仕事の段取りの徹底的な見直しから進めたそうですが、その過程で目に見えて残業が減る一方、仕事の達成率が下がらなかったことに社員も驚いたそうです。

 A社長がいま感じるのは残業自体を減らす努力は、企業としての競争力を高める効果があるのではないかということだそうです。
 実際A社では、ムダな労働時間を減らし、浮いた時間を各人が新たな知識の吸収・経験に振り向けています。
 経営環境は日々変化しています。それなのに昔のままの労働スタイルでこれからも競争を勝ち抜いていけるでしょうか。 10年後、同じ働き方で通用するのでしょうか。
 付加価値の向上は、労働時間を延ばすことだけで達成できるものではないと考えます。
 残業をめぐるトラブルが多い昨今、そうしたトラブルを避けながら企業価値を高める方策を考える時期が来ているのかも知れません。 
  


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2017年01月23日

総務の底力

 あるアンケート調査によると、日本企業の経営課題は「収益性向上」、「売上・シェア拡大」が圧倒的という結果だったそうです。
 こうした結果からも、経営者はすでに「収益性の向上を図りながら、売上・シェア拡大」を実現するための取り組みに着手していることは容易に推測できます。
 そうであるなら、さぞかし会社は活気に溢れているだろうと想像しますが、実はそうでもないというのが実情のようです。

 いずれにしても、会社に元気がなくては、何事もなし得ないばかりか、対外的にも魅力的な会社とは映りません。
 会社に元気がないばかりにさらに売上を落とすという「負の連鎖」に陥ってしまう恐れも否定できないのです。その根拠がどこにあるにせよ、元気のある会社には魅力があるものです。

 そこでA社長がまず考えたのは、自分自身がこれまでの考え方を変えなくては、会社は何も変わらない、ということだったそうです。
 熟慮の末、A社長の頭に浮かんだ着想とは「総務の力を発揮させられないものか」というものでした。

 総務というと、まず「会社の縁の下の力持ち」といったイメージがあるかも知れませんが、A社長もそれは変わりませんでした。
 「会社に元気を出させる」という漠然とした仕事を、ただポンと投げたってうまくいくとは思えません。
 そこでA社長は総務部門の面々に現在の心境を率直に打ち明け、話し合いの場を持つことから始めたのです。
 そのテーマのつかみどころのなさに、最初は総務部門も戸惑いましたが、会議を重ねるうちにA社長と総務の視点の違いもはっきりとしてきました。
 つまりA社長としては、いくら売上が安定していても、経営のスリム化は切実な問題ですから「コスト削減」が念頭にありました。
 一方で総務の意見として、そればかりが前面に出てしまうと経営者の立場の一方的なごり押しと映り、逆に社員の
元気を奪ってしまうのではという危惧が指摘されました。
 両者の言い分を同時に解決するのはいかにも難問ですが、突破口はある営業社員の電話での一言にあったといいます。

 それは「先月と同じでお願いします」という一言でした。

 たまたまその場に居合わせた総務部員が耳にしたのですが、前後の状況から、どうやら電話の相手は仕入れ先の一つと推察されました。
 確認してみるとやはりその通りで、内容は今月分の食材の仕入れ値についてだということでした。
 総務部員にすれば、まったく交渉の気配もなかった電話には大きな違和感を覚えたそうです。
 詳しく聞いてみると、仕入れ先のすべてが長年の付き合いで、毎月決まった分量を決まった値段で納入するという関係にあったことが分かりました。そうなっている理由には、新規の販売先開拓に忙殺され、営業社員の手がそこまで回らないという事情があることも判明しました。


 A社長にこのことを報告すると、それなら仕入れを総務でやってみてくれないかということだったそうです。
 総務部として、異存はなかったそうですが、そこには一つの条件が付されたといいます。 社内コミュニケーションの充実です。このまますぐに仕入れを総務が担当しますと言っても、営業にしてみれば、いくら手が回っていないとはいえ、土足で自分達の領域に踏み入られたようで良い気はしないはずです。
 そこを総務は気遣い、営業部への事情説明だけでなく、全社に向けた告知を、A社長を中心とした総務チームで行ったそうです。その準備期間は実に1カ月にも及び、営業・総務同士の話し合いも10数回にわたって重ねられました。
 事前に徹底した社内コミュニケーションが図られたおかげで引き継ぎに混乱はなく、また対外的な交渉においてはかなりの成果があったようです。
 一方で営業部も負けていませんでした。これまで以上に新規開拓に注力した結果、約10%も売上を伸ばしたそうです。

 こうした総務を中心に据えた一連の施策を通して、結果的に仕入れコストは削減され、他方で売上アップにもつながり、社内に活気が戻ってきたのは確かです。
 ただ、そうした結果の前提として忘れてはならないのが、社内コミュニケーションの拡充にあったというのがA社長の感想です。
 A社長は総務のコミュニケーション能力の高さに感じ入るとともに、その効力をもっと社内の活性化につなげようと新たな取り組みを始めました。
 それは全社会議の実施に始まり、社内報の刷新、社内SNSの導入など、つまり社内コミュニケーションのさらなる充実の試みが総務を中心に行われているそうです。
 社内のコミュニケーションが密になるということは、それだけで組織としての元気につながるというのがA社長の実感です。

 会社組織において、総務部門の役割は「縁の下の力持ち」と表現されることが多いのですが、これは全社の情報に精通していなくてはできないことです。
 総務にはそうした「地力」はすでにあるのですから、その能力をこれまでとは違った分野で活用してみることも一考の余地があると思うのです。
  


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2017年01月04日

時代が求める顧客満足度

 顧客満足度(CS)という言葉が一般的になって久しいようですが、近年はその重要性がとみに訴えられています。というのも、将来不安の中で、消費者の財布の紐は堅く、そうした状況下でモノなりサービスが選ばれるには、他社との差別化が必要で、そのカギを握るのがCSだというわけです。そしてCSと同時に語られることが多くなったのが、従業員満足度(ES)です。
  しかし、「顧客の満足度向上ならまだしも、従業員の満足度となると、そこに時間やお金を掛ける意味があるのか」と、そんな声も聞こえてきそうです。
確かに従業員を満足させても、会社がなくなってしまっては意味がありません。


 そこで、企業成長に必要だと思われる顧客満足(CS)と従業員満足(ES)の関係性について考えてみたいと思います。

 熱心にCSに取り組むA社では、A社長は自分の知識と経験を総動員して、全社を挙げてCS対策に取り組んでいるそうですが、どうも成果が思わしくありません。どうにもA社長が頭に描いているような活気が社内に見えない、ということらしいのです。

 A社長はかって大手の住宅メーカーに勤めていましたが、「顧客の思いに寄り添った家」を建てる会社を興してみたいという思いでA社を立ち上げたそうです。
 A社は中高級住宅を望む顧客をメインとしており、「顧客の思いに寄り添った」と掲げるだけあって、時には顧客のほうで「まだやるのか」と感じるほど打ち合わせの場を設けたそうです。
 もちろんそれは着工前だけでなく工事中も続きましたし、顧客の家に対するこだわりについても、どうしても無理という場合を除き、できる限りの配慮をしているそうです。
 そうした努力の甲斐もあって、どうやら顧客は念願のマイホームに満足してくれているようですが、A社長はまだまだ納得していないようです。何に納得していないかというと、A社長の理想とギャップが大きかったのは、従業員の働き振りだったといいます。
 簡単に言ってしまえば、顧客の喜びを自分の喜びとしている様子が見受けられないということらしく、こうした状況にA社長は言い知れぬ危機感を抱いていたといいます。

 A社長も、従業員満足度(ES)について知識としてはもっています。
 しかしながらESに対する従業員を不要に甘やかしたり、媚びて接待するようなイメージを拭いきれなかったために、これまでESに力を入れて取り組むことは、あえてしてこなかったそうです。

 ESについてちょっと触れておくと、ESとは従業員が仕事や職場に感じる満足度のことで、CSを向上させるための「前提」とも考えられているものです。


 A社長はこうした考え方を理屈では理解できるのですが、やはりどこかで納得できなかったそうです。
 A社長がESにあえて取り組まなかったのは、CSを追求することで、自然とESはついてくると考えていたからのようです。
 A社長にとって、「顧客の思いに寄り添った家造り」は非常にやり甲斐のある仕事でしたから、従業員たちもこの仕事に全身全霊で打ち込んでみれば、その楽しさが分かるはずだ。仕事に喜びが見出せないというなら、それはまだ本気になっていないから、というのがA社長の考えです。

 A社長の思うように従業員の士気が上がらない中で、ついに恐れていた事態が起こったそうです。士気低迷がA社長のもどかしさだけで済んでいるうちは良かったのですが、それが顧客からのクレームの増加という形で現れたのです。
 いずれも、打ち合わせへの遅刻、設計改善要望の放置など、欠陥住宅ほど決定的ではないにしろ、A社の信用問題に関わることに変わりはありません。
 しかも、当の従業員に遅刻の理由を問い質してみると、彼は「何度も打ち合わせをするのは無意味だ」と感じており、それで他の仕事をしているうちに時間に遅れたというのです。CSの一環である綿密な打ち合わせを、それを実現するはずの従業員が不要と考えていることにA社長は愕然としました。

 そこで急遽、A社長は会社のCS対策について、無記名アンケートを実施したそうです。 士気が低下しつつあることは認識していましたから、ある程度は覚悟していたものの、予想をはるかに超える結果に、A社長はかなりのショックを受けたそうです。
 「成約後の顧客に工事の進捗状況を知らせるメールを毎日送るように言われていたが、変化がなければ無意味ではないか」「打ち合わせは一度で済ませたほうがお互いのためではないか」等々。
 なかでもA社長が愕然としたのは「すべてにやらされている感があった」というものでした。
 従業員の本音を正面から受け止めるのは困難でしたが、A社長は初めて「本当のES」のヒントをつかんだ気がしたといいます。
 とにかく、A社長が感じたのは、従業員との意思疎通の必要性だったそうです。

 A社長は最近、ESについての考え方を改めたそうです。A社長にとってのESとは、組織としての絆を形成することだそうです。
 そのために経営者ができることは、従業員が取り組んでいる仕事にどのような意義があるのかを明確にし、その成果を最大限に引き出せるように支援し、その上で成果を正当に評価することである、と結論付けているそうです。

  


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